-menu- -豆小説top- − のら − 部屋を片付けた。家具を動かすような大掛かりなものではなく、カーペットをやめてフローリングの床を見えるようにする、簡単な模様替えだ。 親元を出ることをせず、一軒家の二階に自分の部屋をもらっている。晴れれば陽当たりは良いし、風通しも申し分ない。いい部屋だと思っている。ただ、少し狭い。 その狭い部屋が広く見えるようになった気がするのは多分、気がするだけなんだろう。本棚と机、クローゼットが部屋の壁の半分を占め、大きな窓が二つと扉がある。窓から広がる空の広さがありがたい小さな部屋だった。 小綺麗になって、気に入ったものに満たされているこの部屋は、紛れもなく私の癒しの部屋だった。この模様替えにも満足している。次は少しくつろぐのがいい。 「さてと」とベッドの布団を雑に畳み、ふと感じた喉の乾きに部屋を出る。水を飲んで戻ると、窓際にあるベッドにさっきまでなかった人影が増えていた。 (おっと侵入者。誰だこれ、おいおい家族じゃないんだけど) ありえない緊急事態だったが、私は思いの外冷静で叫ぶこともしなかった。 侵入者はブラインドが半分上がった、窓の枠に手をかけ外を眺めている。空を見たり、道を走る車を見たりしているんだろう。首が上へ下へと動いている。 戸口で固まってその人をよく観察すると、それは「彼」であるようだった。とりあえず髪は短いし背丈があるし。 見たことはないが、何故か知っていると感じる柔らかな雰囲気の漂う背。素直な黒髪は艶があり、白のワイシャツと黒のスラックスに包まれた体は、あれは男にしては華奢だろうか。 突然現れた男をどうすべきだろう。穏便に声をかけて、違う家ですよと注意するべきだろうか。それとも大騒ぎして不法侵入で張り倒しちまおうか。あのまま後ろから蹴り飛ばして、窓の外にダイブしてもらうのもいい。 考えをまとめようと睨み付けていると、背中に視線を感じたらしい。男はきょとんとした顔で振り返った。立ち尽くして無表情で見ている私に、彼は息を呑んで憐れなほど顔を白くする。 (あ、やっちまったって感じだ。どうするかな) なんとも綺麗な顔立ちをしていた。目は細目ですっきりとして、優しそうな光を持っている。鼻や口は特に目立った特徴がないが、肌についてはきっとそこらの女性より白いんじゃなかろうか。キメも細かそうだ。それが、もう顔面蒼白に相応しい顔色になっている。 キョロキョロとあたりを見て、私しかいないのを確認。今から隠れようというのか、部屋のすみに駆けていく。ぱたぱたと忙しないのに、不思議と足音はなかった。 一応隠れたつもりのようだが、こっちは一部始終を余すとこなくガン見している。行き場ない彼は、パニック寸前にまで追い込まれる。 あんまり可哀想な慌てっぷりに、まぁ落ち着けよと、部屋の主である自分、不法侵入された私が不法侵入した彼を宥める。 「あの……っ、あのですね……っ」 ああ、声まで耳に心地よいと感じるこの不思議な男。見た目と違和感のない、少し低めの優しげな声が、悲しいかな、上擦って台無しになっている。 相手が自分を見ている、ということに焦りを感じている様子だ。だが、見ないわけにもいかないので、視線はそのまま、姿勢もそのままで声をかける。 「ええとだねぇ、ここは私の部屋なのだけど、何か用かな」 なるべく彼を刺激しないよう、ゆっくり体ごと向き直り首を傾ける。彼は人差し指を立てた手で自分を指し、怯えた目で私を見た。 他に誰がいるはずだったんだか。まるで自分が見える人間に驚くお化けみたいだ。 「あんたしかいないだろう」 呆れ気味に溜め息を吐くと、ふるふると首を横に振られた。「ありえねぇっ」なんて頭の中で思っていそうだ。 さて、どうしたものかと悩む。彼は私の悩みなど構わず、ぎゅっと口を引き結ぶと目を瞑った。そのまま、祈るように手を組んで俯く。その時、あってはならないことが私の前で起こった。 男の姿が、ブレた。一瞬二重に輪郭がブレて、元に戻る。いや、元の男ではない、服を着た骸骨に姿が変わる。 「うえっ何だっどうしたっ!?」 恐怖に勝る驚きに、私は何故か駆け寄ろうとした。しかし、触れるより早く骸骨はまた姿を揺らめかせ、今度は霧になって消えてしまった。 目の前で人が消えた。そんなことより、彼は人だったのか? 駆け寄り彼の立っていた床に足を乗せると、やたらとひんやり冷たい。あの柔らかい穏やかそうな雰囲気とは似つかない冷たさが、私の背に少しの汗をかかせる。が、どうにも深刻な恐怖には結び付かない。 「なんか、理由があってここにいたんじゃないのかい?」 周囲を見回してぼやいた。彼は本当に消えてしまったようで、どこからも反応はない。 あれが幽霊や妖怪の類いなら、少し目を離した隙に部屋へ入り込むことも可能だろう。目の前で消えて遠くへ逃げていくこともできる。なにせ骸骨だったもの、きっと人間ではない。 ただ、彼が悪さをしにきていたようには思えなくて、咎める気も不快感もあまりなかった。いなくなったことが残念とさえ思う。 「なんだったんだろうなぁ、また来るかなぁ」 自分しかいない部屋で、不思議なことが起きたと、窓の外を見ながら溜め息を吐いた。 それは、どうやらこの部屋が気に入っているらしい。気付くと引いたままの机の椅子を占領して、天板に突っ伏して寝ていたり、出窓のところに腰掛けて風と遊んでいたり、何をするでもなく床に座って本棚を見ていたり。 時々見掛けるが、相変わらず目が合うと怯えた様子で逃げていく。でも、彼はまたやってくる。 一体何者なのか。何をしにくるのか。何故逃げるのか。謎が多い骸骨男は、部屋に帰ると今日はベッドでうとうと微睡んでいた。 「エサでもやったら懐くかね」 「!?」 すぐそばでの呟きにぱちっと目を見開き、あたふたと消えていく。前より慣れた感じで、手際よく消えやがる。 いつか、まともに目を合わせてちゃんと話をしてみたいものだ。 ―終― 2012.12.7 -menu- -豆小説top- |